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著 書
武田智亨 プロフィール
1951年 滋賀県生まれ。
1970年 本願寺で得度を受ける。大学卒業後、教職を経て1980年 中近東、中東、中国などを1年半にわたり放浪。 現在、浄土真宗 東京・熟柿庵 庵主、彦根・西福寺 住職。 著書に『中国ひとり旅』(連合出版)、『熟柿庵だより』(東京図書出版会)。翻訳書にジェシー・マッキニー著『車椅子の上の心』、ティック・ナット・ハン著『理解のこころ』などがある。 ![]() 東京・熟柿庵ホームページ リンク 逢人舎 ![]() ブログランキングへ 登録しました。 ↑ぜひ、応援クリックを お願いします。 記事ランキング
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今日、昼頃
緩和ケアの病室に、65歳の女性の見舞いに行ってきました。 その方とは、数年前に一度お会いしただけで、 その時、私の仏教の話を聞いて下さった方です。 死を前にしたときの心境について 私に質問されたように記憶しているのですが あいまいな返事しかできなかったように記憶しています。 それ以来、一度もあっていない方です。 その方が 死を間じかにひかえ、私に会いたいとの連絡があったのです。 なぜ、私に会いたいと思われたのか その理由がわからないまま、 今日、会いに行ってきました。 いろんな方が見舞いに来られたそうです。 ある方は 「がんばってね」と励ましの言葉をかけられ ある方は 仏教をずっと学ばれている方で 死を受け入れる心を 仏教的に語られ、 「もう楽になっていいのよ」という言葉で 語られたそうです。 だけど 本人にとっては 緩和ケアの病室に居られるわけで 「頑張る」という思いからは離れつつあるし、 かといって 死を受け入れる心まではまだ至っていない 生きていることに未練を残しておられる だけど 死は迫っている そのどうしようもない心境。 その思いを誰かに伝えたかったのかもしれません。 僕は 去年亡くなった井上さんのことを思い出しました。 見舞いに行くたびにかたく握手をして 「また来ますね」といって 何度か見舞い、 最後は 話せなくなってからは 見舞っているあいだ、じっと手を握って差し上げただけでした。 今日お会いした女性にも お話を窺いながら 途中から、じっと手を握り ただ、お話をお聞きしました。 私は一生懸命、死にゆく人のこころを思い続けました。 今日で人生がおわるかもしれない、明日終わるかもしれない 少なくともそんな遠い日ではない その女性の心境について思いを馳せようとしました。 だけど それはできないことです。 取りあえず、僕は重症を抱えているわけではなく、 取りあえず、まだ数年は生きるだろうという思いは消えない。 そんな僕が 明日死ぬかもしれない人の心境を思いやることなど とうていできないことです。 私が話す言葉が次から次へと嘘に思えてきます。 ただ、その女性の笑顔が時おり見せてくれたのが 唯一の救いだったようなきがします。 だけど モルヒネは 彼女によると、痛みは抑えてくれるが 考えはあっちに飛んだりこっちに飛んだり 落ち着かないのだと語っておられました。 辛いだろうな。 少しの休憩をはさんで 息子さんが たくさんのお寿司を買ってきてくださって その女性の幼馴染の女性と お知り合いのお寺の奥さんと 息子さんと僕とで 和室の席を使って まるでパーテイのような雰囲気になり みんなお腹いっぱいになるまで お寿司を頂戴いたしました。 ほんの楽しいひと時でした。 彼女と会うのは今回が最後になるのかしら・・・・ そして彼女は本当のところ 私に何を求めようとしたのかしら ![]() 上記のロゴマークへの クリックをよろしく お願いします
by jyukushian
| 2009-06-10 19:57
| WEB版 熟柿庵だより
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Comments(4)
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いろいろアドバイスありがとうございます
目の前に死にゆく人がいて どのように接していけばいいのか 僧侶としての私にとっても かけがえのない学びです。 はっきり云って 仏教の言葉、理屈のなにもかもが 通用しません。 それらは単なる手段に過ぎないのです。
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maikuさん
コメントありがとうございます。 「通じたわ、安心したの」と仰ってくださったとのこと 私も少しはなぐさめられます。 私は 何故死を目前にした女性に 私のようなものに会いたいとおっしゃってくださったのか 今もってよくはわからないのですが 彼女が 「熟柿庵だより」を呼んでくださっていて それで私を呼んでくださったとしたら それは、ちょっと恥ずかしいけれど とてもうれしいことです。 私がこの十年間書き続けてきた素直な思いを 彼女なりに理解してくださったのだなと 思いたいです。 いつか、ちゃんとお参りに伺いたいと思っています。 maikuさん 彼女の最後の思いの一端をお知らせくださって 本当にありがとうございました。 感謝いたします。
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