カテゴリ
以前の記事
2022年 08月 2022年 07月 2022年 06月 2022年 05月 2022年 04月 2021年 05月 2021年 02月 2020年 04月 2020年 03月 2019年 06月 more... ライフログ
著 書
武田智亨 プロフィール
1951年 滋賀県生まれ。
1970年 本願寺で得度を受ける。大学卒業後、教職を経て1980年 中近東、中東、中国などを1年半にわたり放浪。 現在、浄土真宗 東京・熟柿庵 庵主、彦根・西福寺 住職。 著書に『中国ひとり旅』(連合出版)、『熟柿庵だより』(東京図書出版会)。翻訳書にジェシー・マッキニー著『車椅子の上の心』、ティック・ナット・ハン著『理解のこころ』などがある。 ![]() 東京・熟柿庵ホームページ リンク 逢人舎 ![]() ブログランキングへ 登録しました。 ↑ぜひ、応援クリックを お願いします。 記事ランキング
その他のジャンル
|
天災の不安
昨年の3,11の大震災以降、関東で地震が多発している メディアは震度7クラスの首都直下型地震が近々起きる可能性が高いと報じている 私は心のどこかに不安を持ちながら暮らしている。 小さな地震が起きても、ひょっとしてついに直下型の大地震が来たのではないかと 一瞬、思ってしまう。 しばらく地震がないと、そろそろ来るのではないかと、これまた不安になる。 要するにどっちにしても、不安は消えない。 そんな中、先日NHKで首都直下型地震と富士山大噴火のシュミレーションの番組があった。 CGを使ったとてもリアルな映像で、東京で直下型地震が起きたらどうなるかとか、 富士山が噴火したらどうなるかといったことを、具体的に示していた。 再認識したのは、富士山の噴火。 大噴火の場合だと、富士山周辺には1メートル近い火山灰がたまり、 東京でも2センチの灰がたまると報じている そうなると、どうなるか 火山灰にはガラス質の物質が含まれているので、角膜が傷つく恐れがあり、失明するかもしれない。 気管支が傷ついて呼吸が困難になる危険性がある。 長期にわたり関東地方の空は、火山灰で覆われる。 薄暗い東京の街が映し出され、人々は傘をさしてマスクをし、メガネをかけて防備しながら歩いている。 火山灰は電気を通すので、各地で火災が起きる。 要するに、首都圏は人が住める状態ではなくなるということ。 そして防災については、心構えが必要です、ということが 付け足しのように番組の最後に語られていたように記憶しています。 一体どうすればいいの? 結論、どうしようもないのではないでしょうか。防災のしようがないです。 被災して、亡くなる人は亡くなる。助かる人は助かる。 助かっても、その後を生きていかねばならないとなると、これも大変。 東北で津波にあって、助かった人たちがどんな辛い思いで避難生活をし、生き延びているかを思う時、 助かってよかったと喜ぶわけにはいかない。 もちろん、地震に対して備えはしなければいけないと思うし、行政は 備えの対策をしなければいけない立場にあるから、その仕事を精一杯しなければいけないと思います。 だけど 誤解を恐れずに言えば、 行きつくところ、 なるようにしかならない。そうとしか言いようがありません・ すべてをおまかせするしか、方法はないのでしょう。 南無阿弥陀仏 私の結論を言ってしまったようで、あとに言葉が続かないけれど 予防して解消できる不安とできない不安がある。 地震は予防できない。 不安だけが残る。 不安という黒い雲。 たとえば、私は去年の3,11の時、何気なく日常生活を送っていました。 そこへ突然、震度5の地震が襲ってきて その時はとても怖かったけれど、身内は亡くなることはなかったけれど そのあと、淡々と後始末をしたのでした。 地震に対する不安とか予兆がなかったから、ともかくその地震を受け入れざるを得なくて そして、受け入れて、今日まで過ごしてきました。 だけど、今は思いがあの時と違います。 また近いうち起こるだろうという不安があります。 現実に起こる災害よりも、近いうちに起こるだろうという不安のほうが怖いです。 起こったら起こったでなるようにしかならないのですが、 不安は ずっと重く心にのしかかります。 心を萎縮させているかもしれません。 実際に起こる災害よりも 不安のほうが恐ろしい。 これが結論です; ですから 災害を想定して、不安をあおるようなことはしないでほしいと思っています。 私の持っている携帯電話はドコモですが、 大きな地震のときには、その数秒前に とてつもない音が鳴ります。 実際の地震よりもあの音のほうが怖いです。 その数秒間に、これから一体どんな恐ろしい地震が起きるのだろうかという 不安が怖いです。 あの警告音は本当に心臓によくないです。 地震のこわさよりも怖いです。 ![]()
by jyukushian
| 2012-06-12 23:52
| WEB版 熟柿庵だより
|
Comments(2)
![]()
出遭う「私」、その度に見えてくる自分、歳を重ねて益々見えてくる「私」、何が不安て、この先に現れてくる「私」です。
0
もともとあった私が見えてくるのでしょうか?それとも変化し続ける私でしょうか。私はおそらく変化し続けている私がいるのでしょうが、頭の中も変化してしまっているので、その変化すら見えていないのかもしれない。それも怖いです。
|
ファン申請 |
||