カテゴリ
以前の記事
2023年 09月 2023年 07月 2023年 03月 2023年 02月 2023年 01月 2022年 10月 2022年 09月 2022年 08月 2022年 07月 2022年 06月 more... ライフログ
著 書
武田智亨 プロフィール
1951年 滋賀県生まれ。
1970年 本願寺で得度を受ける。大学卒業後、教職を経て1980年 中近東、中東、中国などを1年半にわたり放浪。 現在、浄土真宗 東京・熟柿庵 庵主、彦根・西福寺 住職。 著書に『中国ひとり旅』(連合出版)、『熟柿庵だより』(東京図書出版会)。翻訳書にジェシー・マッキニー著『車椅子の上の心』、ティック・ナット・ハン著『理解のこころ』などがある。 ![]() 東京・熟柿庵ホームページ リンク 逢人舎 ![]() ブログランキングへ 登録しました。 ↑ぜひ、応援クリックを お願いします。 記事ランキング
その他のジャンル
|
マサさんとそのご主人は
私の年代の仲間にとっては特別な存在でした。 私の村では、今ではもう無くなってしまいましたが、宿親制度というのがありました。 中学生の同年輩の男たちが、村の中のあるお家を宿親として、ことある毎に集まり、 食事をごちそうになったり、お経の練習をしたり、社会のいろいろなルールを学んでいきます。 宿親になるお家は無償でその子供たち(若連中と言います)の世話をしてくれます。 私の世代の宿親が、マサさんご夫婦だったのです。 マサさんのお葬式の時には、その若連中がいろいろ手伝っておられました。 実は、その若連中のなかに私は含まれていません。 「お前は寺の息子だから、声をかけなかったんだ」とのこと。 仲間外れにされていたのです。 聞けば、彼らは、中学、高校時代、二十歳を過ぎても、 毎週のようにマサさんちに集まり、ゲームをしたり、一緒に旅行したり 酒飲んだり、親交を温め、仲間意識を強めていたとのことでした。 二十歳の時には、8人全員を伊勢参りに連れて行ってもらって 彼らだけの成人式をしたとのことでした。 私は二十歳を過ぎて一度だけ、正月に声をかけてもらって 参加したことがありました。 そのお家に行くと、みんなまず最初に仏壇にお参りして、次に宿親に挨拶して そしてすき焼きの料理をふるまってもらいました。 お酒も頂いて、酔っ払ってマサさんの膝枕で心地よく寝る同級生もいました。 彼らは、マサさんご夫婦に甘えて心地よいひと時を過ごしていたのです。 あらためて、その若連中に私が入れなかったことに ジェラシーすら感じました。 なんで、寺の息子というだけで、仲間に入れてくれなかったんだよ! ずるい、逆差別。うーん、ちくしょう、 悔しい!! 私がマサさんご夫婦と親しくさせていただいたのは 私が住職になって、マサさんのお家にお参りにいくようになってからのこと。 それはそれで、よしとするか、 マサさんご夫婦は、住職としての私を、本当に温かく見守ってくれていたのだから。 今、話題になっているいじめ問題のことを思うと こうした宿親制度というのは、とても大切なコミュニケーションの場だったのだなと思う。 少子化が進み、地域のコミュニティーが崩壊しつつある状況の中で 人はどんどん孤立していく。 人間が生きていく中で、仲間という意識はとても大切なことなのに。 ![]()
by jyukushian
| 2012-07-24 21:05
| WEB版 熟柿庵だより
|
Comments(0)
|
ファン申請 |
||