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著 書
武田智亨 プロフィール
1951年 滋賀県生まれ。
1970年 本願寺で得度を受ける。大学卒業後、教職を経て1980年 中近東、中東、中国などを1年半にわたり放浪。 現在、浄土真宗 東京・熟柿庵 庵主、彦根・西福寺 住職。 著書に『中国ひとり旅』(連合出版)、『熟柿庵だより』(東京図書出版会)。翻訳書にジェシー・マッキニー著『車椅子の上の心』、ティック・ナット・ハン著『理解のこころ』などがある。 東京・熟柿庵ホームページ リンク 逢人舎 ブログランキングへ 登録しました。 ↑ぜひ、応援クリックを お願いします。 記事ランキング
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そして今度は水をコップから全部出して、再び同じ質問をします。
あなたは「はい、空です」と返事をするでしょう。 でもいったい何が空なのでしょうか、存在しないのでしょうか。 存在しないというのは、その対象物である何かが存在しないのです。 コップが空であるというとき、コップの何が空なのかを言わずして、 空であるとは言えないのです。 対象物がはっきりしないで空といっても何の意味もありません。 このコップの場合、水が空なのです。 しかし空気は空ではありません。 存在しないとは、何ものかが存在しないのです、空なのです。 これは留意すべき事柄です。 観音菩薩は 「五蘊は等しく存在しない」と述べておられます。 その言葉をより正確に理解するために、私たちは菩薩に尋ねなければなりません。 「菩薩よ、五蘊は存在しない、空であるとはいったい五蘊の何が空なのですか」と。 五蘊(英語では五つのかたまり、、または集合体と訳せる)とは 人間を構成している五つの要素のことです。 これらは私たち全てに川の如く流れているものです。 いや、ほんとうは私たちの中を共に流れている川そのものと言ったほうがいいかもしれません。 色の川〔私たちの肉体)、受の川(眼や耳などの感覚の働き)、 想の川(心の中に対象物を描く働き)、行の川(意識を生み出す働き)、 識の働き(認識する働き) これら五蘊は常に私たちの中を流れています。 観音菩薩は この五つの川の流れの、真のありようを深く見つめ、これらは全て存在しない、空であることを瞬時にして理解されたのです。 先ほどの私たちの質問、 「五蘊のなにが空なのですか」に対して菩薩はこう答えておられます。 「五蘊が存在しないとは、五蘊をそれぞれ区別して独立したものとして見た時、 そのひとつひとつは存在しない、空なのです」と。 つまり これら五蘊の川は個々に独立したものとしては存在しえず、一つ一つの川はそれぞれ他の四つの川によって成り立っているのだ、ということです。 これらは不可分存在なのです。 これらは他の全てのものによって、そのものたり得ているのです。 ~~~~~~~「理解のこころ」より~~~~ 五蘊という難解な言葉が突然でてきた。 ふだん 私たちは、外界にいろんな出来事や現象があって、肉体もその一つとしてあって それを受け取る器官として眼や耳などがあって、そうして受け取ったものを 心がいろいろ考えたり、好きだとか嫌いだとか言ったり、 いろんな思いを心が考えると思って理解している。 ここで語られているのは 心という単独のものは存在せず、外界のいろんなものがあるから心が生まれてくるのだ、 また、逆に心があるから外界は存在しえているのだと説いている。 つまり全ては単独には存在しない。空であると。 一日一回クリックを よろしくお願いします(武田)
by jyukushian
| 2008-03-12 23:42
| ティック・ナット・ハン氏
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