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著 書
武田智亨 プロフィール
1951年 滋賀県生まれ。
1970年 本願寺で得度を受ける。大学卒業後、教職を経て1980年 中近東、中東、中国などを1年半にわたり放浪。 現在、浄土真宗 東京・熟柿庵 庵主、彦根・西福寺 住職。 著書に『中国ひとり旅』(連合出版)、『熟柿庵だより』(東京図書出版会)。翻訳書にジェシー・マッキニー著『車椅子の上の心』、ティック・ナット・ハン著『理解のこころ』などがある。 ![]() 東京・熟柿庵ホームページ リンク 逢人舎 ![]() ブログランキングへ 登録しました。 ↑ぜひ、応援クリックを お願いします。 記事ランキング
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第 3 章
「理解の方法」 『このように一体化された後、菩薩は人間の全ての苦悩を克服されたのである』 ☆ ☆ ☆ 一体化という言葉は、対象物の外側に立って距離を置くのではなく、 そのものの中へ入り込むという意味をもっています。 何かを理解しようとする時、そのものの外側に立って観察しようとする立場を離れなければなりません。そうしなければ本当の「理解」は得られません。深くそのものの中へ入り込み、 そしてそれと一体となることによって、真の「理解」が生まれるのです。 ある人を理解しようと思ったら、その人の想いを感じ取り、 その人の苦しみを苦しみ、その人の喜びを喜ぶことが必要です。 一体化というのはとても素敵な言葉です。 コンプリヘンドという単語があります。 これはラテン語からきた言葉で 「コム」は、共にいるとか一つになるという意味、 「プリヘンド」は相手をつかみ取る、あるいは取りあげるといった意味です。 つまり コンプリヘンドとは、理解すべき相手をつかみ、そして共にひとつになることです。 理解するのに、これ以上の方法があるでしょうか。 一枚の紙を、観察者のようにただ外面から眺めているだけでは、 その紙を完全に理解したことにはならないのです。 そのものと一体となることが重要なのです。 雲になり、太陽の輝きになり、木こりそのものになりきらねばなりません。 そのものの立場になりきる、紙に含まれている全てのものになりきった時、 その紙を完全に理解したことになるのです。 ~~~「理解のこころ」より~~~~ 人が人を理解する時、それはおそらく誤解に元づいているに違いない。 人間の理解力とはその程度のものだ。 相手の心に入り込み、その心と一体となること、 人間にそんなことが果たしてできるのだろうか 人間としてのステージをひとつ越えなければ 不可能なことではないか。 ![]() 上記のロゴマークへの クリックをよろしく お願いします
by jyukushian
| 2008-03-30 20:39
| ティック・ナット・ハン氏
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