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著 書
武田智亨 プロフィール
1951年 滋賀県生まれ。
1970年 本願寺で得度を受ける。大学卒業後、教職を経て1980年 中近東、中東、中国などを1年半にわたり放浪。 現在、浄土真宗 東京・熟柿庵 庵主、彦根・西福寺 住職。 著書に『中国ひとり旅』(連合出版)、『熟柿庵だより』(東京図書出版会)。翻訳書にジェシー・マッキニー著『車椅子の上の心』、ティック・ナット・ハン著『理解のこころ』などがある。 ![]() 東京・熟柿庵ホームページ リンク 逢人舎 ![]() ブログランキングへ 登録しました。 ↑ぜひ、応援クリックを お願いします。 記事ランキング
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ある秋の日
私は公園でハートの形をした、とても小さなそして美しい木の葉に魅せられていました。 それはほとんど紅葉しており、かすかに枝についているといったふうで 今にも落ち葉になろうとしていました。 わたしは時間を忘れてその葉を眺めていました。 私はその葉に語りかけ、多くのことを尋ねてみました。 そしてその葉が、この木の母であることを発見したのです。 普通は、木が母親で葉が子供の如きものであると考えられています。 でも私が見たとき、葉もまたその木にとって母であることがわかったのです。 木が樹液として根っこから吸い上げるのは水とミネラルだけで、 木の養分としては不十分です。 そこで、木はその樹液を葉に送り込み、葉はその樹液を太陽とガスの助けを借りて 養分として充分な樹液に作り変え、また木に送り込むのです。 このようにして木は育っていくのです。 それゆえ、葉もまた木にとっての母なのです。 葉は、枝によって木とつながっています。 それゆえ、葉と木の不可分の関係は理解しやすいと云えます。 私たち人間は、葉と木のようには母親とは繋がっていません。 でも 母親の子宮にいた時は、とても長い枝、すなわちへその緒でつながっていたのです。 胎児が必要とする酸素と養分は、 その枝、へその緒をとおして送り込まれていたのです。 しかし ざんねんなことに、私たちが誕生日と名づけるその日に その枝は切り落とされ、 一人ひとりが独立しているのだという幻想を身につけてしまいます。 でも これはあくまでも幻想でしかありません。 私たちはへその緒が切れても、ずっと長きにわたって 母に頼り続けるのです。 そしてまた、母は一人だけではありません。 地球もまた私たちにとっての母なのです。 私たちは母である地球との間に数え切れない多くの枝、へその緒をもっているのです。 雲とつながるへその緒があります。 雲のおかげで水を飲むことができ、 私たちの体の少なくとも70パーセントを支えてくれるのです。 雲と私たちの間には、紛れもなくへその緒が存在します。 こうして、川と私たち、森と私たち、木こりと私たち、お百姓さんと私たちの 間にもへその緒が存在するのです。 地球、いや宇宙には、実に数百数千ものへその緒が私たちとの間に つながっているのです。 そして それゆえに私たちも存在しうるのです。 つづく ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 葉っぱの物語がつづく、 以前、「葉っぱのフレディ」という物語をよんだことがある。 そのことを思い出した。 このあとも 葉っぱの物語は続いていく ![]() 上記のロゴマークへの クリックをよろしく お願いします
by jyukushian
| 2008-10-26 00:05
| ティック・ナット・ハン氏
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