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著 書
武田智亨 プロフィール
1951年 滋賀県生まれ。
1970年 本願寺で得度を受ける。大学卒業後、教職を経て1980年 中近東、中東、中国などを1年半にわたり放浪。 現在、浄土真宗 東京・熟柿庵 庵主、彦根・西福寺 住職。 著書に『中国ひとり旅』(連合出版)、『熟柿庵だより』(東京図書出版会)。翻訳書にジェシー・マッキニー著『車椅子の上の心』、ティック・ナット・ハン著『理解のこころ』などがある。 ![]() 東京・熟柿庵ホームページ リンク 逢人舎 ![]() ブログランキングへ 登録しました。 ↑ぜひ、応援クリックを お願いします。 記事ランキング
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6月6日(土曜日)午後2時から
熟柿庵にて人工知能についての講演会を行します。 身近になってきている人工知能、だけど実態はどうなっているのか、どこまですすんでいるのか よくわからない。 そこで人工知能を専門に研究されている方にお話しを伺うことにいたしました。 人工知能は仏教とも大いに関わりがあります。 共に「人間とは何か」という大きなテーマでつながっているからです。 講師は 須田秀秋氏。 タイトルは「AI(人工知能)の現状と罠」です。 須田氏のプロフィール 1960年代から子供の学習レベルを理解し教育を実現するコンピューターシステム(ICAI)の開発普及に努める。その後、人工知能の専門会社(CSK総合研究所)にて各種AIシステムを開発。1996年に製造業分野においてコンピューターによる自動設計を実現する会社を設立。現在、株式会社AIオフィス代表取締役。 お話の内容 AIとはなんなのか、その歴史を振り返り現状を紹介します。さらにAIの今後の発展と社会に与えるインパクトについてお話をする予定です。 AIが人間の知能を超え、人間を支配するようなことが起こるのか。多くの仕事がAIによって奪われ大失業社会が訪れるのか。AIは自我意識や欲望を持つのか。人間の脳の情報をAIにコピーすることによって人間は永遠に生きることができるのか。といったことを皆様と一緒に議論できればと思います。 (須田氏筆) 参加自由です。皆様のご参加をお待ちしております。 ![]() #
by jyukushian
| 2019-05-06 19:42
| 行事のご報告
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3月30日、土曜日午後4時から「写経の会」をおこないます。
テキストは「正信偈」 時にはややこしい自分を忘れ、ひとつことに専念してみましょう。 筆ぺんのみご持参ください。 その後、 6時半から「歎異抄にまなぶ会」をおこないます。 こちらは鈴木大拙氏の「真宗入門」をテキストにつかっております。 30分の座禅からはじまって、正信偈読誦、そのあと勉強会、 そのあと、飲食をしながらの座談会です。 こちらは会費千円。 写経、「勉強会」どちらにでもご参加できます。 ご参加、お待ち申し上げます。 #
by jyukushian
| 2019-03-25 23:50
| WEB版 熟柿庵だより
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思想と仏教と哲学の根本的な違いについて考えてみました。
まず、思想は自分を含めた社会の在り方を分析しています。 たとえば社会主義とか資本主義とか絶対王政とか民主主義とかいうものです。 もちろん私自身の生き方にも影響を与えますが、しょせんは社会分析の説明と、あるべき体制の問題です。 そして、これは時代によってその正しいあり方は変わっていきます。 そして思想は直接には自分の人生そのものには問いかけてきません。 つぎに哲学、 これは人間自身を問題とします。 人間とは本来どういう存在であるとか、 人間は世界をどのように見ているのか、といったことです。 そのために、神のぞんざいを肯定したり、無神論をとなえたり、 人間存在そのものを問題とします。 今読んでいる生物学者のリチャード・ドーキンスは 生き物はおしなべて DNAという遺伝子を増殖させるための道具にしかすぎない と語っています。これも人間についての哲学的考察です。 仏教も哲学的な面を多分にもっていますから、 哲学的な面で仏教を語るとすれば、 人間はじねん、すなわち阿弥陀如来によって育てられていると 説明します。これも一種の哲学です。 そして哲学も具体的な私の人生に直接かかわってくるものではありません。 人間について語ってはくれていますが、私の個人的な人生そのものとは距離を置いています。 そして仏教、 これは人間とは何かというよりも、 私の人生とはなんなのか、なんで私はこのような人生になってしまったのか といった私個人の人生や生き方を問題とします。 私の個人的な、それも一回きりの、取り返しのつかない人生。 ですから 仏教の教えは哲学つまり教義としては統一的に存在していますが、 私自身の答えは書かれていません。 仏教は 思想や哲学とちがって 私自身が私自身の取り返しのつかない人生に どのように解釈し、答えを出していくのかということです。 ですから、 仏教には一般的な答えはなく、 それぞれに自分自身が答えを見つけ出して、それに納得していくものです。 ある意味、言葉になりえない、言語表現できないことがらです。 答えは、 一人一人の生きざまのなかで紡ぎだされていくものです。 以上、思想と哲学と仏教の違いについて 私なりに考えてみました。 ![]() #
by jyukushian
| 2019-03-25 00:17
| WEB版 熟柿庵だより
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3月21日、祭日の木曜日
午前10時から熟柿庵にて春の彼岸会法要を行います。 今回は 檀家さんに手料理をお願いして、法要後にみなさんと会食の予定です。 ご参詣をお待ち申し上げます。 #
by jyukushian
| 2019-03-19 01:02
| 行事のご報告
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残りの人生をどう生きようかと右往左往しております。
おそらくたいしたことなく人生を終えるのだろうとおもっていますが、 いままで仏教を通して学んできたことを あらためて心の中で整理したいなと思っている次第です。 というわけで 心にひっかかっている仏教の言葉をあらためて考えていきたい。 たとえば、 「主客未分」ということ。 私とあなたが分化する以前の本当の関係についてもっと知っておきたい。 現実の世界では私は私であり、あなたはあなたでしかないのだけれど、 私とあなたが実は分かれていないのだなどということは 到底考えられないことだけど 実は、別のアングル、つまり仏教の考え方から見れば それは本当のことじゃないのかなと思います。 あるいは 「還相廻向と往相廻向」という言葉について まるで逆の働きが実は同時に起こっていて それが本当の世界ではないかということ。 ほかにもいくつかあるのだけれど、 なんかすべて通底しているようにも思えて その一つ一つを吟味しながら 人生最後の時まで過ごしていきたいなと 思っている次第です。 ![]() #
by jyukushian
| 2019-02-19 00:05
| WEB版 熟柿庵だより
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